2019.02.22更新

社交不安も、人前場面の脅威を過剰評価して生じる不安反応が「思考」「行動」と悪循環を形成している点は、高所恐怖と同じである。ただし、治療は高所恐怖ほど単純にはいかない。なぜなら、人前場面は高所のように物理的に都合よく制御できないからである。人前で何か失敗するかもしれないということは、ある程度は現実に起こりうることであり、緊張することは正常反応でもあるからだ。相手が自分(の緊張した様子)をどう思うかということも、自分では「コントロールできない」ことであり、「コントールできないこと」に不安を感じるのもまた正常である。つまり、人前場面では完全に安全な状況は設定できない。ここが少し難しい点である。人前場面を避けずに、実体験により脳の学習を書き換えて、余計な不安反応を治めていくという基本方針は高所恐怖と同じであるが、ちょっと工夫が要る。社交不安症状の場合のポイントは以下。

人前で緊張することは自然であり正常である=緊張に対する認知を変える
緊張をしないことを目指すのではなく、緊張しつつ必要な行動が出来ることを目指す=注意を自分の緊張から相手にシフトする
出来るだけ緊張をオープンにする=自分の緊張を隠すのを止める
人前場面での「微妙な回避」に気をつける=学習効果を落とすワナ
一つ一つ解説したい。

①緊張に対する認知:人前緊張で困っている患者は、緊張を悪だと考えていることが多い。緊張はあってはならないもので、撲滅するしかないと。この認知は、悪循環を形成する元となる。なぜなら、緊張は「未知のものへの自然な反応」であり、パフォーマンスを上げる作用を持った必要なものだからである。ゼロにできないものをゼロにしようという患者の努力がうまく行かないことは当然で、その結果、ますます自分の緊張への注目が強くなる。すると「コントロールできない感覚」が刺激され、単なる緊張が不安や恐怖へ発展する。人間の意識は注目したものを強く感じるようになるので、注目は不安を余計強くする。これで悪循環が成立する。心理学の実験で明らかになっていることだが、緊張がパフォーマンスを上げる人と、過剰な緊張でパフォーマンスが下がる人とで、両者の違いは何かというと、ただ一点、緊張に対する認知が違っていたのである。すなわち、緊張でパフォーマンスが上がった人は「緊張は当然のものであり、何ら異常ではないもの」と認知していた。一方、緊張が過剰になりパフォーマンスが下がった人は「緊張は異常であり、無くさなければならないもの」と認知していたのである。
②注意のシフト:人前緊張で困っている患者は、いつも自分がどう見られるかということと自分の緊張状態や不安反応に注意を向けている。その時、相手に対して本当は注意を向けていない。相手に注意を少し向けているとしても「自分をどう見ているか」という点にだけで、相手そのものには関心が持てていない。相手に注意をシフトするということは、相手に誠実に向き合うことでもある。例えばスピーチをするなら、聴いてくれている人たちに何を伝えるのかということに誠実に集中するのである。自分がきちんとやれているかではなく、聴いてくれている人たちに伝えるべきことを理解してもらう最大限の努力を払うことである。聞いてくれている人たちにとっては、患者の緊張などどうでもいい事であり、そもそも関心がないのが普通だ。この時、緊張しながらでいいので、伝えることに注意を向け続けるのが注意のシフトである。しどろもどろでも、赤面しながらでも、声や手が震えながらでも、とにかく誠実に伝えることに集中し続ける努力をするのである。そのためには、相手の反応もちゃんと見ることが必要になる。見られている意識から脱して、自分がまさに周囲を見る側に回るのである。
③緊張をオープンにする:緊張すること自体はコントロールできない。コントロールできないものをコントロールして隠そうとすると、不可能なので、ますます焦る。「コントロールできない感覚」が刺激されて余計不安になる。コントロールできないものは「コントロールできないもの」という範疇に収めてしまうことが、逆説的にコントロール感覚をもたらす。隠せないものは隠さないことがコントロール感覚を高めるである。
④微妙な回避:脳が脅威を過剰評価している状況を体験して、不安反応を抑えていく訳だが、実際に体験するときに気をつけるべき落とし穴がある。高所恐怖の例で説明すると、例えば頑張って高所に行っても、眼を閉じて、ひたすら「ここは高くない」とイメージしていたら、暴露の効果は落ちて当然である。外的には体験しながら、内的には体験してない訳だから。こういうのは、外見的には状況を避けてはいないが、ある意味避けているので「微妙な回避」という。人前場面でも、同様のことが起こる。スピーチから逃げずに実行する、それ自体は良いことだ。しかし、周りの人たちのことを見ないで、話しの内容を伝えることにも集中しないで、ひたすら、覚えてきたセリフを早口で言って終わりにするとしたら、実は回避しているのと同じなのだ。これでは、「自分は緊張しても必要な行動ができる」という内的体験にはならない。その結果、脳の学習も上書きされない。ただただ、苦痛を我慢して耐えしのんだということで終わってしまうのだ。頑張って暴露したつもりが逆効果になることさえあるので「微妙な回避」を認識することは治療の成否にかかわる重要なことだ。

投稿者: 日本橋メンタルクリニック

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